
医療情報DX担当です。
最近、少し思うことがあります。
画面の文字が、前より見づらいんです。
いや、読めないわけではないんですよ。
でも、前みたいにスッと入ってこない。設定画面の細かい文字、Webページの注釈、Excelの列見出し。読めなくはないけれど、なんだか疲れます。たぶん、 乱視が進んできたのでしょう。老眼
Mac信者な私は、見た目やフォント(書体)には割りとこだわる方でした。同じ文章でも、フォントが変わると雰囲気も読みやすさも変わる。そういう違いを眺めるのは、昔から結構好きだったのです。
ただ、最近はそこにもう一つ、はっきりした視点が加わってきました。「見た目の好み」だけではなく、「楽に読めるか」が前よりずっと重要になってきたのです。
そう考えると、PCのフォントにもちゃんと時代の流れがあります。昔はMSゴシック、少し前はメイリオ、今のWindowsの画面は游ゴシック系。そして、業務文書や印刷物ではBIZ UDゴシックのようなUD系が強い。この流れは、意外と面白いのです。
※このブログ記事では、Windows系のパソコンに限った話にしますね。
昔のWindowsを支えた、MSゴシックという実用フォント(Windows 3.1〜95〜XP頃)
大昔のWindowsを思い出すと、やはりMSゴシックの存在感は大きいです。
今の目で見ると少し硬く、古い事務文書っぽさもありますが、当時はそれに意味がありました。何しろブラウン管や液晶黎明期の低解像度な画面でも潰れにくく、情報を詰め込みやすく、業務画面で破綻しにくい。つまり、無骨でも合理的だったわけです。
「おしゃれに見せる」より、「まず読める」ことが優先された時代のフォント。今でも古い業務システムにMSゴシックっぽい空気が残っているのは、その名残とも言えます。
「急に読みやすくなった」と感じた、メイリオの時代(Windows Vista〜7〜8.1頃)
その後、「Windowsの文字が急に読みやすくなった」と感じた時代がありました。それがメイリオ(Meiryo UI)です。
メイリオは液晶ディスプレイとの相性がよく、字面が大きめで、ひらがなも漢字も柔らかく見えます。画面ではかなり快適で、Mac信者の私も「急にオシャレに見やすくなりやがってフン!」と思いながら、気づけばメイリオをよく使うようになっていました。
ただ、印刷すると少し“ふわっ”と見えることがあります。画面では見やすくても、帳票や詰まった文書では少し緩く感じることも。ここで、「画面での見やすさ」と「紙の上での見やすさ」は同じではないと分かってきます。
今のWindowsが游ゴシック系になったのはなぜか(Windows 10〜現在)
今のWindowsで「システムUIのフォント」っていうなら、主役はメイリオではなく游ゴシック系です。
つまり歴史的な流れにすると、MSゴシック → メイリオ → 游ゴシック系 になります。せっかくメイリオで綺麗になったのに、今のWindowsらしい見た目を支えているのは、游ゴシック系なんです。
では、なぜ標準がメイリオから游ゴシック系に移ったのか?
これ、メイリオが悪かったからではありません。そうではなく、Windows 10 のUI全体に合わせて、ボタンやメニュー表示により収まりよく表示できるよう調整されたのが游ゴシック系の一種 Yu Gothic UI だった、ということです。
つまり、メイリオは「画面で読みやすいフォント」として成功し、游ゴシック系は「Windowsの部品の中でより整って見えるフォント」として採用された、ということなんです。
いま文書で強いのは、UDゴシックかもしれない(Windows 10〜現在)
そして、その次に出てきたのがUD系フォントです。
Windowsの画面そのものは游ゴシック系になっていったのですが、文書や配布資料、印刷物ではまた別の「見やすさ」が重視されるようになります。そこで存在感を増してきたのが、BIZ UDPゴシックのようなUD系フォントです。
ここでいうUDとは、ユニバーサルデザインのことです。
ざっくり言えば、できるだけ多くの人にとって見やすく、読み間違えにくいよう工夫した書体です。若い人にも高齢の人にも、目が疲れている人にも、私みたいに乱視が進んできた人にも、なるべく負担をかけにくくする。そんな発想のフォントです。老眼
UDフォントの考え方は、ひとことで言うと「きれい」より「見間違えにくい」です。0 と O、1 と I と l、6 と 9、句点と半濁点、漢字の中の細かい空き。こうしたものが、なるべく紛れないように考えられています。
たとえば、見た目が似た文字ばかりを集めた
Il1O0S5Z2B869
のような文字列は、フォントの違いがとても分かりやすく出ます。
特にやっかいなのが、I・l・1 や O・0 のような組み合わせです。
パスワードやID、ライセンスキーのように「1文字でも間違えられない」場面では、こうした違いがそのままストレスになります。
「これ、アイなのか、エルなのか、イチなのか?」
「ゼロなのか、オーなのか?」
と悩んだ経験がある人は多いはずです。
同じ文字列をMSゴシック、メイリオ、BIZ UDPゴシックで見比べると、フォントごとの考え方の違いがよく見えてきます。MSゴシックは情報を詰め込みやすい反面、少し事務的。メイリオは柔らかく見やすい。BIZ UDPゴシックは、似た文字をより見分けやすくしようという意図が感じられます。
UDフォントの良さは、単に「きれい」なことではなく、こうした見間違いを減らしやすいところにあるのです。
最近だと、大阪・関西万博で全面的に使われたり、厚労省の帳票デザイン指針なんかにも明示されるケースが増えていますね。
なぜ「画面では見やすい」のに、「紙だとそうでもない」のか?
フォントの話をしていると、「これは画面では見やすいけど、紙にすると微妙」あるいはその逆、ということがよくあります。
理由は単純で、文字が置かれている環境がまったく違うからです。
ディスプレイ上の文字は、自分で光っています。しかも小さく表示されたり、表示補正の影響を受けたりします。だから画面では、小さいサイズでも潰れず、輪郭が認識しやすいことが大事になります。
一方、印刷物の文字は光っていません。紙の上にインクやトナーで定着するだけです。ここでは、線が太すぎないか、細すぎないか、行間や字間が自然か、長く読んでも疲れないか、といった別の要素が効いてきます。
もっと単純に言えば、画面は「瞬時の判読」、紙は「持続的な読書」が重視されるのです。
だから、画面ではUD系が強い。PowerPointスライドのように、一瞬で内容をつかませたい場面では特にそうです。一方、紙では長文になるほど明朝系が合うことが多いです。「見やすい」にも種類があるわけです。
UDフォントが正解、とは限らない
UDフォントはたしかに見やすい。ですが、いつでも何にでも最適とは限りません。
たとえば、院内の壁に貼る案内ポスターなら、丸ゴシックのほうが柔らかい印象を与えるでしょう。UD系は整っていて、まじめで、少し固く見えることがあるからです。
また、長い文章をじっくり読ませるなら、明朝系のほうが読みやすいです。明朝体は文章の流れを追いやすく、格調高いイメージも持ち合わせていて、本文を落ち着いて読ませたい資料では相性がよいことが多いです。逆にUDゴシック系は、箇条書きや表、案内文、短い説明文では非常に強い一方で、長文本文ではやや単調に見えることもあります。
似た話で、教科書体というフォントもあります。これは単にやさしい見た目の書体ではなく、子どもが文字の形やとめ・はね・はらいを正しく覚えやすいようにデザインされたものです。つまり、フォントには「読むため」だけでなく、「学ぶため」に最適化されたものもあるわけです。
フォントは「見やすさ」と「印象」の両方を変える
というわけで、フォントは飾りではなく、時代を映す道具であり、同時に文書の伝わり方を左右する道具でもあります。
MSゴシックは、実務的で少し硬い。
メイリオは、やわらかく親しみやすい。
游ゴシック系、今のWindowsの画面標準。
UDゴシックは、明快で誤読しにくい。
明朝系は、落ち着きや品位を出しやすい。
丸ゴシックは、やさしく圧の低い印象を作りやすい。
教科書体は学ぶためにデザインされている。
同じ内容でも、フォントが変わるだけで受け手の印象はかなり変わります。
だからこそ、フォントは「どれが一番優れているか」で選ぶというより、何をどう伝えたいかで使い分けることがポイント。
目的に合わせてうまく使い分けたいものです。